医学的に注意すべき「体重減少」の定義
ダイエットや運動習慣の変更など、意図的な理由がないにもかかわらず体重が減っていく状態を「非意図的な体重減少」と呼びます。
一般的には、「6ヶ月から12ヶ月の間に、元の体重の5%以上、あるいは4.5kg以上の減少」が見られる場合、医学的な精査が必要とされています。体重減少は、体内でのエネルギー消費の異常、栄養吸収の障害、あるいは慢性的な炎症の存在を示唆しており、単なる加齢として片付けてはいけない重要なサインです。
体重減少を引き起こす主な原因疾患
内科医の視点では、原因を大きく以下の4つのカテゴリーに分類し、優先順位をつけて精査を行います。
① 悪性腫瘍(がん)
最も警戒すべき原因です。がん細胞が増殖する過程で大量のエネルギーを消費すること(代謝異常)に加え、がんが放出するサイトカインという物質が食欲を抑制し、筋肉や脂肪を分解させます(悪液質)。
- 消化器がん(食道・胃・大腸・膵臓・肝臓など)
- 血液がん(悪性リンパ腫・白血病など)
② 消化器系の吸収不全・炎症
食べたものが適切に消化・吸収されないケースです。
- 慢性膵炎: 消化酵素の分泌が低下し、脂肪の吸収ができなくなります。
- 潰瘍性大腸炎・クローン病: 腸粘膜の炎症により、栄養吸収が妨げられるとともに、タンパク質が腸管内に漏れ出します。
- 胃切除後の後遺症: 過去に胃の手術を受けた方は、貯留能の低下や吸収不全により、数年後に体重が減少することがあります。
③ 内分泌・代謝性疾患
全身の代謝速度が異常に高まるケースです。
- 糖尿病: インスリンの作用不足により、糖をエネルギーとして利用できず、代わりに脂肪や筋肉が分解されてしまいます。
- 甲状腺機能亢進症(バセドウ病など): 代謝が過剰に活発になり、食事を摂っていても体重が減っていきます。
④ 精神的・心理的要因
- うつ病: 食欲中枢が抑制され、摂食量が著しく低下します。
- 認知症: 食べる行為自体を忘れたり、嚥下機能が低下したりすることで体重が減少します。
「原因究明」のための検査体制
原因不明の体重減少に対しては、全身を俯瞰的に見る診断能力と、微細な病変を見逃さない検査技術が求められます。
苦しくない全身内視鏡スクリーニング(胃カメラ・大腸カメラ)
体重減少の原因として最も多い消化管がん(食道・胃・大腸)を徹底的に調査します。
- NBI拡大内視鏡: 通常の観察では見逃しやすい早期の食道がんや胃がんを、特殊な光を用いて浮き彫りにします。
- 徹底した大腸観察: 進行した大腸がんは、自覚症状が乏しく体重減少だけが唯一のサインであることも多いため、盲腸の最深部まで確実に観察いたします。
腹部超音波(エコー)検査
「暗黒大陸」と呼ばれる膵臓や、肝臓、胆嚢、腎臓を非侵襲的に精査します。特に体重減少の原因になりやすい膵臓がんの有無については、膵管の拡張や周囲の血管の状態を含め、細心の注意を払って観察します。
詳細な血液検査
- 腫瘍マーカー(CEA, CA19-9など): がんの可能性を補助的に診断します。
- 内分泌検査: 甲状腺ホルモンや血糖値(HbA1c)を測定します。
- 栄養・炎症指標: アルブミン値による栄養状態の評価や、CRPによる慢性炎症の有無を確認します。
診断後の治療と栄養管理
原因が特定された場合、速やかに根本治療を開始します。
- 悪性腫瘍の場合: 早期であれば当院での内視鏡治療、あるいは高度専門医療機関での手術・化学療法へ繋ぎます。
- 代謝疾患の場合: 糖尿病や甲状腺疾患の適切な薬物療法により、代謝を正常化させます。
- 低栄養への介入: 原因疾患の治療と並行して、高カロリー・高タンパクな栄養剤の処方や、管理栄養士と連携した食事指導を行い、筋力低下(サルコペニア)を防ぎます。





