食道がん
食道がんは、喉から胃へと続く管状の臓器である食道に発生する悪性腫瘍です。日本人の食道がんは、その約90%以上が食道粘膜の表面にある「扁平上皮(へんぺいじょうひ)」から発生する 「食道扁平上皮がん」 であることが特徴です。
食道がんは他のがんと比較しても進行が早く、周囲にリンパ節、気管、大動脈といった重要な臓器が隣接しているため、転移を起こしやすいという非常に予後の厳しい側面を持っています。
■主なリスク要因:飲酒と喫煙
食道がんの最大の要因は、習慣的な飲酒と喫煙です。特に、お酒を飲むと顔が赤くなる体質(フラッシング反応)を持つ方は、アルコールの代謝産物であるアセトアルデヒドを分解する酵素の働きが弱く、食道がんの発症リスクが極めて高いことが医学的に証明されています。また、近年では逆流性食道炎に伴う「バレット食道」から発生する 「食道腺がん」 も欧米化に伴い増加傾向にあります。
症状の推移と早期発見の障壁
食道がんは、初期段階では自覚症状がほとんど現れません。症状を感じて受診された際には、すでに病状が進行しているケースが少なくないのが実情です。
- のど・胸のつかえ感: 食べ物を飲み込んだ際に、胸の奥に何かが引っかかるような感覚です。
- 嚥下痛(飲み込み時の痛み): 飲食物が腫瘍部分を通過する際に、しみるような痛みを感じることがあります。
- 背部痛・胸痛: がんが食道の外壁を越え、周囲の組織へ浸潤しているサインの可能性があります。
- 声のかすれ(嗄声): 声帯を司る神経(反回神経)にがんが及ぶと、声がかすれるようになります。
- 体重減少: 通過障害により十分な食事が摂れなくなることで起こります。
食道には痛みを感じる神経が少ないため、早期にこれらを見つけるには、症状が出る前の定期的な内視鏡検査が不可欠です。
当院における食道がんの精密内視鏡診断
食道の早期がんは非常に平坦で、通常の白色光観察(通常のカメラ映像)ではベテランの医師でも見落としやすいという課題があります。当院では以下の高度な診断技術を駆使し、微小ながんの検出に努めています。
狭帯域光観察(NBI:Narrow Band Imaging)
血液中のヘモグロビンに吸収されやすい特殊な青色と緑色の光を照射することで、粘膜表層の血管を強調して映し出します。がんは増殖のために血管を呼び込む性質があるため、NBIを使用することで、通常の観察では見えにくい早期がんを「茶褐色の領域(Brownish area)」として鮮明に浮き彫りにすることが可能です。
拡大内視鏡によるIPCL(上皮内毛細血管係蹄)観察
発見した病変を最大80倍〜100倍まで拡大観察し、粘膜内の血管の形状を詳細に観察します。この血管の乱れ(IPCLの形態変化)を専門的な指標に基づいて解析することで、その病変が「がんであるか否か」、そして「どの程度の深さまで及んでいるか」を、組織を切り取る前に高精度に診断することが可能です。
ルゴール染色検査
必要に応じて、ヨード溶液(ルゴール)を食道に散布します。正常な粘膜はヨードに染まりますが、がん化した細胞は染まらずに白く抜けて見えます(ルゴール不染帯)。これにより、病変の範囲をミリ単位で特定し、取り残しのない診断を実現します。
食道がんの進行度と治療戦略
食道がんの治療法は、がんの深さ(浸潤度)と転移の有無によって決定されます。
- 粘膜内がん(早期): がんが食道粘膜の表面にとどまっている場合、外科手術をせず、内視鏡を用いて体への負担を最小限に抑えた切除が可能です。
- 粘膜下層以深: がんが深い層に達している場合、リンパ節転移のリスクが高まるため、外科的手術、化学療法(抗がん剤)、放射線治療を組み合わせた集学的治療が必要となります。
低侵襲な内視鏡治療(ESD/EMR)
早期食道がんに対しては、 ESD(内視鏡的粘膜下層剥離術) が行われます。これは、電気メスを用いて病変の周囲を切り、粘膜下層を剥ぎ取ることで、広範囲の病変も一括で切除する高度な手技です。当院では適切な診断後、最適なタイミングで高度専門医療機関と連携し、治療をサポートいたします。
フィールドキャンサリゼーション(領域がん化)とは
食道がんを患う方は、口腔がん、咽頭がん、あるいは胃がんを同時に、または時期をずらして発症するリスクが高いことが知られています。これは「フィールドキャンサリゼーション(領域がん化)」という概念で、アルコールや喫煙という共通の致がん因子に晒された広範な粘膜が、全体的にがん化しやすい状態にあることを指します。
当院の内視鏡検査では、食道だけでなく、喉(下咽頭)から胃、十二指腸までを細部まで観察し、多発がんの見落としを防ぐ徹底したスクリーニングを行っています。





